和三盆は、主に香川県や徳島県などの四国東部で伝統的に生産されている砂糖の一種。黒砂糖をまろやかにしたような風味を持ち淡い黄色をしています。三盆の名は精糖工程のひとつから来たもので、高級砂糖を意味します。中国から輸入されていた砂糖を唐三盆と呼び、その後日本でも作られるようになったものを和三盆と呼ぶようになりました。
和三盆は、近代的な精糖ではなく伝統的な製法で製造されています。和三盆の原料となるサトウキビは、地元産の在来品種「竹糖」という品種が用いられます。竹糖は細黍や竹庶とも呼ばれ「シネンセ種」=「中国細茎種」に属し、熱帯地方で一般的に栽培されるサトウキビのオフィシナルム種とは異なる栽培種です。晩秋に収穫した茎を搾って汁を出した後、石灰で中和を行い、ある程度まで精製濾過したのち結晶化させます。この結晶化させた原料糖は白下糖といい、成分的には黒砂糖とほぼ同じ「含蜜糖」です。そして白下糖を盆の上で適量の水を加えて練り上げて、砂糖の粒子を細かくする「研ぎ」という作業を行った後、研いだ砂糖を麻の布に詰め「押し舟」という箱の中に入れて重石をかけ圧搾し、黒い糖蜜を抜いていきます。この作業を数度繰り返し、最後に一週間ほどかけて乾燥させ完成となります。盆の上で砂糖を三度ほど「研ぐ」ことが「和三盆」の名の由来になっていますが、最近では製品の白さを求めて5回以上「研ぎ」と「押し舟」を行うことが多いようです。こうして出来あがった和三盆は、粉砂糖に近いきめ細やかさを持ち、微量の糖蜜が残っていることから淡く黄色がかった白さとなります。甘さがくどくなく後味がよいため、和菓子の高級材料として使用されています。また、口溶けのよさと風味のよい甘さから、和三盆そのものを固めただけの菓子が存在し干菓子の代表格となるほどです。代表的なものとしては落雁と似た製法による打ちもの、半球状に押し固めた二つ一組を和紙に包んでひねり羽根つきの羽根に似せたもの、懐紙に包んで懐に入れて持ち歩けるものがあります。
日本では江戸時代に砂糖の存在が既に知られていましたが、サトウキビの栽培地は南西諸島に限られており、作られる砂糖も黒砂糖が一般的でした。やがて徳川吉宗が享保の改革において全国にサトウキビの栽培を奨励すると、高松藩が特産物創生と財源確保を目的としてこれに呼応しましたその後徳島藩でもサトウキビが育てられるようになり、領内各地で栽培できるまでとなりました。しかし精糖の方法については不明だったため、他国における秘伝扱いの情報を収集し、高松藩とほぼ同時期の1800年代前半に精糖方法を確立させました。徳島県で生産されている和三盆を阿波和三盆糖、香川県で生産されている和三盆を讃岐和三盆糖と呼びます。和三盆は貴重な特産品として諸国へ売りに出され、全国の和菓子や郷土菓子の発展に大いなる貢献を果たしました。
餡(あん)あるいは餡子(あんこ)とは、饅頭などの中身に入れる具のこと。主に小豆を煮詰めた豆沙餡(とうさあん、小豆餡)を指すことが多く、後に他の豆などを煮た物も餡と呼ばれるようになりました。餡の味付けは、古くは塩で味付けした塩餡が一般的でしたが、近世以降砂糖の庶民への普及とともに砂糖餡が一般化しました。